国立大学法人東京学芸大学は、令和7年7月2日(水)、全国5つの教育委員会および学校関係者とともに、「教育ウェルビーイング研究開発プロジェクト」(以下、本プロジェクト)のキックオフミーティングをオンラインで開催しました。
本プロジェクトは、児童・生徒、そして教職員が心身ともに健やかに学び・働くことができる教育環境の実現を目指し、「教育に特化したウェルビーイング」の可視化と活用を通じた実践的な研究開発を推進する取り組みです。自治体が掲げる教育ビジョンや教育施策、学校現場や地域の実情に寄り添いながら、新たなカリキュラムや教育実践モデルの開発、そして未来の教育を担う人材の育成に、両輪で取り組んでいきます。
本ミーティングでは、プロジェクトの趣旨共有に加え、各教育委員会からの実践報告や教育ウェルビーイングに関する意見交換が行われ、教育現場や地域が直面する課題や今後に向けた可能性が、多角的に語られました。以下に、当日のプログラム概要を掲載します。
当日の内容(タイムテーブル)
当日の発表と意見交換の概要
各教育委員会・学校の代表者より、各地域の教育ビジョンや現場が抱える課題、そしてプロジェクトに寄せる期待や各地域での実践の展望等について具体的に語られました。
続く意見交換では、「教育ウェルビーイングと教育の担い手育成のこれから」をテーマに、参加者同士の活発な対話が展開されました。
以下に、参画教育委員会および学校の代表者による発表内容の一部をご紹介します。
l 東京学芸大学 学長 國分充 氏
教育を取り巻く国内外の潮流の中で、連携教育委員会と共にこの「教育ウェルビーイング研究開発プロジェクト」を始動させることは時宜を得たものであり、日本の、そして世界の教育の未来を先取りする、重要な取り組みであると確信しております。各地域での実践や研究を通して、教育ビジョンや施策が子どもたちや教職員、ひいては地域全体のウェルビーイングにどのような影響を与えるのかを可視化し、その知見を共有・発信していくこの取り組みが、全国の多くの自治体にとって、未来の教育を考える上での羅針盤となるものと考えております。
l 中頓別町教育委員会 教育長 大島 朗 氏
中頓別町が現在進めている「人生100年学びの拠点・中頓別学園」プロジェクトは、世代を超えた学びと交流の場を創出し、生涯にわたり学び続けられる環境づくりに取り組むことが、地域全体を豊かにするための基盤となると考えています。「地域全体をまなびの場」と見立て、学校教育が地域社会に展開する新しい時代の学びの場と多世代が学び合う環境を整備しながら、教育ウェルビーイングの実現を目指しています。地域に根ざした持続可能な教育実践につながる客観的な指標と可視化された評価・検証・改善サイクルの展開を期待しています。
l 大熊町教育委員会 教育長 佐藤 由弘氏
東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故からの復興途上にある大熊町で、大熊町の教育で目指す“ウェルビーイング”とは何なのか。全町避難を余儀なくされ、新たな町を一から創り直している町だからこそ、しっかりと考えなければならないテーマです。プロジェクトをとおして、「学び舎ゆめの森」で学んでいる子どもたちだけでなく、子どもたちの教育に携わるすべての大人たちが、“ウェルビーイング”について、それぞれの言葉でしっかりと言語化でき、自らのものごとを判断する大切な指針になればいいと思います。
l 大熊町立学び舎ゆめの森 ゼネラルマネージャー(校長・園長)南郷 市兵 氏
私たちは未曽有の災害を経て「どうなると子どもたちは幸せなのか、学校の役割とは何か」を問い直し哲学し続けてきました。私たちが目指すのは、唯一無二の存在であるひとり一人の子どもたちが、好きなことや興味関心を抱いたことに熱中して遊び、探究し、他者と共鳴し合いながら新たな知や社会を紡ぎ出していく、ウェルビーイングを追究し多様性を尊重する学びのコミュニティの具現化です。本プロジェクトを通じて、測定が難しいが真に重要な指標を明らかにしつつ可視化し、私たち自身が改善を重ねる後押しとなることを期待しています。
l 葉山町教育委員会 教育長 稲垣 一郎 氏
葉山町は、「楽校をつくろう!」をスローガンに、小中一貫教育・探究的な学びの推進に取り組んでいます。大人が一方的に探究をさせようとしても子どもはそれに興味を示しません。そこには心の「ワクワク」が必要です。小さい子どもは、大人に「なんで?」と尋ねる、この「なんで?」を成長しても続けられることが、非認知能力を高めるうえで非常に大切だと考えています。昨年度先行実施した教育ウェルビーイング指標を用いた学校評価の実証研究を、拡大してまいります。今後、参画する自治体の皆様との連携を大変楽しみにしております。
l 山県市教育委員会 教育長 服部 和也 氏
「児童生徒数の減少=学校の統廃合」とするのではなく、学校を存続したまま隣接校との合同授業をコンセプトにした「山県学園構想」が、子どもの多様性を育む教育の実現につながっているかを検証したいと考えています。併せて、本市の教育の核心である「一人ひとりを大切にする教育」が、子どもや教職員みんなの幸せに結ぶために何が必要かを考察いたします。さらに、これまでの標準を基準にした子どもの捉え方や教職員の子ども観と、新しい教育の革新的価値観であろうウェルビーイングとの関係についても深く掘り下げて考えていきます。
l 延岡市教育委員会 教育長 高森 賢一 氏
延岡市は、「幸動」をキーワードに、自己肯定感を土台として、自他の幸せのために学び行動する子どもを育てることを目指しています。令和6年度には、不登校の子どもを受け入れる「学びの多様化学校」を開校し、一人一人が安心して学べるカリキュラムや教育環境を整備しました。今後は、この学校のマインドセットを可視化して他校にも広げ、全ての子どもにとって魅力的な学校づくりに生かしていきます。そのために、本プロジェクトで指標を作成し、調査・分析を行い、「延岡版ティーチング・コンパス」の開発を行っていきます。
教育ウェルビーイング研究開発プロジェクトとは
近年、ウェルビーイングは国や自治体の教育政策、さらにはOECDをはじめとする国際的な教育指針においても、重要なキーワードとして位置づけられています。とくにOECDは、教員の専門性とウェルビーイングに焦点を当てた「Teaching Compass(ティーチング・コンパス)」を公表(2025年5月)し、教職の持続可能性と専門性の再定義を提起しました。こうした国際的な潮流のなかで、教育現場におけるウェルビーイングの可視化と活用は、今や不可欠な取り組みとなりつつあります。
一方で、ウェルビーイングは多面的な概念であるため、定量的に可視化することが難しく、現場ごとの状況に即した指標づくりが求められています。そこで本プロジェクトでは、教育委員会との対話を重視し、自治体の教育ビジョンや教育施策、学校現場や地域の実情に即した独自のウェルビーイング指標を共同で開発。児童・生徒、教職員等の状態を定量・定性的に測定・分析することで、学びの質や成長の変化を継続的に把握する仕組みづくりに取り組んでいきます。
また、将来の教育を支える担い手の育成にも力を入れており、自治体と連携しながら、教職を志す学生や教育の支援に携わりたい人たちが、実践を通して学べるフィールドの構築も進めています。
●添付資料:教育ウェルビーイング研究開発プロジェクトについて(PDF)
d62740-49-61186cbcd1cc8e6f0bb1dc0f68021ed1.pdf東京学芸大学 教育インキュベーション推進機構
教育ウェルビーイング研究開発プロジェクト
Email: wellbeing@u-gakugei.ac.jp