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ネパール人男性が日本縦断チャリティーウォーク ネパール大地震の復興支援訴える

チャリティーウォークを行うディリップ・シュナールさん

チャリティーウォークを行うディリップ・シュナールさん

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 「日本ネパール友好センター」(ネパール・ポカラ)代表のディリップ・シュナールさんが8月10日、ネパール大地震の復興支援を訴え、仙台・神戸間917キロを徒歩で縦断するチャリティーウォークのスタートを切った。

震災後のネパール・シンドゥパルチョーク地区

 目的は、東日本大震災および阪神淡路大震災で被災した人々と直接会って、災害復興のアドバイスをもらうこと。そして、今秋までにシュナールさんが復興活動の拠点を置くシンドゥパルチョーク地区に85個のテントを設置するなど支援物資購入資金を得ることだ。

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 シュナールさんは今年1月まで札幌に居住し、ネパールの子どもたちのために学校を建設する「NGOつぼみ学校ポカラ」の活動や「TEDxSapporo」の設立・運営など幅広く活躍していたが、母国に「日本ネパール友好センター」を建設するために帰国し、活動を本格化させた矢先の4月25日にポカラで被災した。

 震災直後、シュナールさんは居住地のポカラからバスを乗り継いでカトマンズへ移動して救援活動を行い、その後さらに甚大な被害を受けている山深いシンドゥパルチョーク地区に移動。単独で復興支援を続けてきた。同地区は震災によって村の8割が被害を受け、整備された道もないため徒歩で立ち入ることしかできないという。震災後にヘリを使った支援が行われていたが、ヘリの墜落事故が発生したため国際ボランティアが入れず、支援が届かない状況が続いているという。

 8月7日にシュナールさんの知人らが札幌市内で開催したチャリティーパーティーでは、同地区の被害状況を動画や写真を交えて、被災地の現状を紹介した。

 映し出されたのは、震災4日後の映像で、余震が起こるたびに地響きと共に土煙を上げて崩れ落ちる山々の姿だった。どこにも逃げ場がなく、レンガと土でできた家を失い、布きれで雨をしのぐ住民たちの姿や、全壊、半壊した家屋の写真だった。

 「人は自分が住む場所がなくなると不安になる。村の子どもたちがパニックを起こして泣き崩れる姿にショックを受けた。動物たちもパニックで家の中に飛び込んでくる。支援が届かないので、雑草を煮て食べるしかなかった。村には死臭が立ち込め、人々は笑うことも忘れている。私もお酒を飲まないと眠れなくなった」と振り返る。

 単独で支援を続けるシュナールさんを不審に思う住民もいたという。その時に慰めになったのが、シュナールさんを慕って周りに集まる、災害で親を亡くした子どもたちだったという。現在、シュナールさんは支援活動の影響でPTSDに苦しめられているという。

 「子どもたちに『ネパールは大丈夫』と伝えてもうそをついているようで辛い。仙台から神戸まで歩いて、実際に復興した人々の経験を聞いて、心から『大丈夫』と言えるようになりたい」と話す。

「日本からネパールへ物資を送ると時間がかかり、途中でなくなることもある。確実に早く現地に支援品を届ける方法は日本で資金を集め、カトマンズやインドで支援物資を購入して私がロバで現地に運ぶこと」と支援を訴える。

 札幌ではシュナールさんの活動を支援する動きがスタートしている。チャリティーウォークでシュナールさんが着るTシャツを北海道情報大学のネパール国際支援団体UNIPA(ユニパ)の学生が制作。Web制作会社コロコが支援Webサイトを開設し、クリプトンフューチャーメディアなど札幌市内の企業がシュナールさんの活動を応援する。現在、支援金を募るクラウドファンディングも準備している。

 シュナールさんは、8月10日に仙台港を出発し、福島、郡山、いわき、東京、浜松、名古屋、大阪を経由して、8月27日の神戸到着を目指す。

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